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最高裁判所大法廷 昭和36年(オ)1378号 判決 1965年9月22日

上告人

富士林産工業株式会社

右代表者代表取締役

田路周一

右訴訟代理人弁護士

小林俊三

曾根信一

広瀬通

一松弘

被上告人

木曾官材市売協同組合

右代表者代表理事

中村治郎

右訴訟代理人弁護士

河辺久雄

岸星一

椎津盛一

野津務

主文

本上告論旨は、いずれも理由がない。

理由

論旨は、要するに、原判決が、上告会社と被上告組合との間の本件売買契約をもつて、商法二四五条一項一号にいう「営業ノ全部又ハ重要ナル一部ノ譲渡」(以下単に「営業の譲渡」という。)にあたらず、したがつて、本件売買契約については上告会社の株主総会の特別決議を経ることを要しないとしたのは、(一)同号にいう営業の譲渡の解釈を誤り、かつ、(二)本件売買契約の目的物について経験則および採証の法則に違肯して事実を認定した違法がある、というにある。

(一)  よつて、まず、右(一)の所論(法令違反)について判断する。商法二四五条一項一号によつて特別決議を経ることを必要とする営業の譲渡とは、同法二四条以下にいう営業の譲渡と同一意義であつて、営業そのものの全部または重要な一部を譲渡すること、詳言すれば、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な一部を譲渡し、これによつて、譲渡会社がその財産によつて営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法二五条に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうものと解するのが相当である。

所論は、要するに、右判示のような見解を採るときは、譲渡会社またはその株主の利益が害される危険があることを力説した上、営業の譲渡とは、いわゆる機能的財産の移転を目的とする契約であり、営業が譲受人に移転し受継されるのを通例とするが、必ずしもそのように狭く解すべきではなく、かかる機能的財産を構成している重要な営業用財産が一括して譲渡され、その結果譲渡会社の運命に重大な影響を及ぼすような場合、たとえば譲渡会社がその結果営業を遂行できなくなるような場合において、当事者がその結果を予見しているときは、いわゆる狭義の「営業譲渡」の場合に準じて、当該会社の株主総会の特別決議を要するものと解するのが相当である、というにある。

しかしながら、商法二四五条一項一号の規定の制定およびその改正の経緯に照しても、右法条に営業の譲渡という文言が採用されているのは、商法総則における既定概念であり、その内容も比較的に明らかな右文言を用いることによつて、譲渡会社がする単なる営業用財産の譲渡ではなく、それよりも重要である営業の譲渡に該当するものについて規制を加えることとし、併せて法律関係の明確性と取引の安全を企図しているものと理解される。前示所論のように解することは、明らかに前示法条の文理に反し、法解釈の統一性、安定性を害するばかりでなく、その譲渡が無効であるかどうかが、譲渡の相手方または第三者にとつては必ずしも詳らかにしえない譲渡会社の内部的事情によつて左右される結果を認めることとなり、前判示のように解する場合に比較して、法律関係の明確性ないし取引の安全を害するおそれも多く、右所論のような拡張解釈は、法解釈の限度を逸脱するものというほかはない。所論は、立法政策としては考慮の余地があるとしても、現行法の解釈論としては、とうてい採用することをえない。

されば、右判示と見解を同じくする原判決には、商法二四五条一項一号の解釈を誤つた違法はない。

(二)  つぎに、前示(二)の所論(事実誤認)について判断する。所論は、要するに、本件売買契約の目的物である本件物件が上告会社の組織的一体かつ唯一無二の全営業用財産であることが証拠上明白であるのに、原判決がこれを認めなかつたのは、経験則および採証の法則に違反して事実を認定した違法がある、というにある。

しかしながら、原判決を通読すれば、原審は、本件物件は譲渡会社である上告会社がこれによつて製材業を営んでいた木曾工場を構成するものであつたが、本件売買契約に当つては、いずれの当事者も本件物件を有機的一体として機能する財産として売買する意思はなく、とくに譲受人である被上告組合にとつては、製材業を譲り受けることは目的の範囲外の行為であり、被上告組合が本件物件のうちの不動産を買い受けたのは、被上告組合の目的である組合員その他の者の出品する木材および製材品の市売等を行なうための土場および事務所に使用するためであり、本件物件のうちの機械器具類に至つては、これだけ除外しても、上告会社がその処置に窮するであろうことを思いやり、これを本件売買契約の目的物のうちに加えたものにすぎず、したがつて、本件売買は、営業を構成していた各個の財産の譲渡であつて、営業の譲渡に当らない旨を判示しているのであり(本件物件が上告会社の重要な営業用財産ではないから、本件売買が営業の譲渡に当らないと判断しているものではない。)、原審の右認定、判断は、これに対応する挙示の証拠関係に照して首肯できないわけではなく、その認定、判断には、所論の違法はない。

所論は、原判決を正解せず、かつ、原審の裁量に属する事実認定を非難するものであつて、採用できない。

よつて、裁判官奥野健一の補足意見、裁判官山田作之助、同草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同松田二郎、同岩田誠の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。

営業譲渡は、単なる営業用財産の譲渡とその概念を異にする。営業を構成する各個の財産の譲渡は、それが如何に重要なものであつても、また一括譲渡であつても、それだけでは営業譲渡とはいえない。営業譲渡とは、多数意見もいうように、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産」の移転であり、それにより譲受人は譲渡人と同様の営業者たる地位を取得することをいう。すなわち、営業の譲渡とは、譲受人をして営業用財産の取得と経営者たる地位引継の権利を取得せしめ、譲渡人と社会通念上同じ状態にて営業を継続し得る地位を得せしめるものをいう(譲受人が実際上営業的活動を承継実行すると否とを問わない)。さればこそ、その効果として、譲渡人は一定範囲の競業避止の義務を負うのである。このことは、商法が株式会社の営業譲渡について、会社の合併と同様な法律的規制(株主総会の特別決議を必要とし、かつ、反対株主に対し株式買取請求権を認める)を定めていることからも、営業譲渡を企業の承継的移転と実質的に同視していることが窺われる。

例えば、会社の工場、設備その他の機械器具を更新する必要があるため、これらを一括売却しても、いわゆる営業譲渡ではないことは明らかであると同様に、本件における土地建物および機械器具等の譲渡が、従来の営業たる製材業とは、全然別個の用途に使用するため行なわれたものであることは、原審の確定するところであり、かかる営業用財産の譲渡が営業譲渡に当らないことも明らかである。

会社の取締役が株主総会の決議を経ることなく、会社の重要財産を恣に処分し得ることとすれば、会社および株主に甚大な損害を蒙らせ、会社の運命に重大な影響を及ぼす危険があるという理由で、営業用財産の譲渡も営業の譲渡に当ると解せんとするが如きは、商法の営業譲渡の概念を不明確にするものであつて、採るを得ない。かかる場合に、現行法上の取締役に対する責任追及の規定のみでは足りないとすれば、宜しく立法により明確に解決すべきである。更にまた、多数意見に従えば、営業の譲渡であるか否かは、譲渡契約の内容によつて、形式的に定まるのを通常とするから、譲受人は、当該譲渡が相手方会社にとつて特別決議を必要とするか否かを容易に判別することができ、したがつて、取引の安全を害する恐はない。これに反し、営業用財産の譲渡も営業の譲渡に当ると解する立場をとれば、単なる営業用財産の全部又は重要な一部の譲渡がされた場合にあつては、それが果して会社の営業用財産の全部であるか又は譲渡会社にとつて重要な一部の財産であるかは、譲渡会社の内部事情であるから、譲受人にとつては不明であるにもかかわらず、後日に至り特別決議を経なかつたことを理由として、譲渡会社より譲渡契約の無効を主張されることとなり、したがつて、譲受人の利益と取引の安全とが著しく害せられる結果となる。また、営業用財産の全部又は重要な一部の譲渡の場合も「営業の全部又は重要なる一部の譲渡」に当ると解するとすれば、譲渡人の競業避止義務、反対株主の株式買取請求権の有無、範囲についても、解釈上相当困難な問題が生ずるであろう。

これを要するに、営業用財産の譲渡が営業譲渡に当ると解することは、文理解釈上も無理であり、商法上の営業譲渡の既定概念にも反し、また取引の安全をも害するから、本件上告論旨は採るを得ない。

裁判官山田作之助の反対意見は次の通りである。

一、わたくしは、本件において唯一ともいうべき争点(したがつて上告代理人が上告理由として主張する点)は、本件上告会社(払込資本金百五十五万円)の当時の代表取締役であつた上原弥市が株主総会にはからないで(特別決議を得ないで)長野県西筑摩郡上松町所在の同社製材工場(この工場は、同社の唯一ともいうべき工場であつて、その敷地面積は約千六百余坪、工場建物は約六棟建坪約三百余坪、備付の機械器具類は約数十点におよぶ)を、一括して有姿のまま、代金五百八十万円で被上告組合に譲渡し、組合は右代金をもつてこれを譲り受けたとの事実(社会的事象)をどう法律的に評価し、その法律的効果を認めるべきかの問題であると考える。

二、思うに、商法二四五条一項一号は、会社の代表取締役が会社の「営業ノ全部又ハ重要ナル一部」を他に譲渡するには、株主総会の特別決議を経ることを要するとし、その特別決議なしでなされた譲渡行為は当然無効であるとしているのである。その立法趣旨は、いうまでもなく、会社は営利を目的として存在し、したがつて営業をすることが存在の基礎なので、会社の営業を他に譲渡するような所為は会社の存続の基礎に影響をおよぼすものであるから、株主及び会社の利益を保護するため、みだりにその会社の取締役が単独でこれらの所為をすることを禁じている趣旨に外ならない。そして、現代の株主会社型態による企業にあつては、その会社の営業の目的如何によつては、例えば本件上告会社のような生産業を営むものにあつては、その生産設備を操業することが営業の主要部分を構成するものであり、換言すれば、その会社の生産工場が会社の目的である営業を遂行する物的基礎となつているもので、会社の営業の基礎は、その工場を経営することにあり、したがつてその工場を敷地や備付の機械器具類等と一括して他に譲渡するようなことは、その工場における会社の営業活動を廃止することを結果するもので、すなわち会社の営業ひいては会社の存続の基礎に重大な影響を及ぼすものであるから、商法二四五条一項一号の前記立法趣旨に照らし、株主及び会社の利益保護のため、株主総会の特別決議を要する「営業の譲渡」に包含されるものと解するのが相当であり、かように解することが現代の株式会社企業の実体を正確に把握し、現時の産業界経済界の実情に即するものというべきである。

なお一言すべきは、私的独占禁止法一六条が、会社の営業の譲受等を規制するに当つて、法文上営業の譲受と営業上の固定資産の譲受とを同列に規定し、両者を同一に取り扱い、法律上同一視されるべきものとして立法していることである。このことに徴しても、会社型態の企業における営業の譲渡の意義を前記のように解することの正当であることを首肯するに足るであろう。

三、これに反し、原判決は、商法二四五条一項一号にいう営業の譲渡の意義を、商法総則の規定である同法二四条以下にいう営業の譲渡の意味と同様に解し、毫も株式会社企業の実態を顧慮することなく、形式的観点によつて営業なる観念を構成し、本件事案を律した嫌があり、物の生産を業とする株式会社の営業の実態をきわめないで判断した結果、製材業を営む上告会社の唯一ともいうべき本件生産工場を有姿のまま他に譲渡した所為を目して商法二四五条一項一号に該当するものでないとしたのは、右法条の趣旨を理解しない違法があるといわなくてはならない。

四、この様に生産会社がその営業の基礎をなす生産工場を譲渡することが、特段の事情がないかぎり、商法二四五条一項一号にいう営業の譲渡に該当すると解するとすれば、工場の譲渡取引に際し、一一その実体について調査する必要を生じ、善意で工場を譲り受けた相手方に不測の損害を与える恐れがあり、取引の安全を害するとの批判が予想されるが、株式会社にあつては、その会社の資産状態は、毎決算期毎に財産目録貸借対照表等財務諸表が公表されており、明白になつているのであるから、工場の譲渡取引に当つて、その工場が譲渡会社の営業にとつて如何に値しているかは、相手方において容易に知ることができるものと推認されることに徴すれば、毫も、取引の安全を害するという問題は生ぜず、右の批判は当らない。

よつて、本件は、本件譲渡取引の実体について更に審理判断させる必要があるものと考えられるから、原判決を破棄し、これを原裁判所に差し戻すのを相当とする。

裁判官松田二郎の反対意見は次のとおりである。

一、私は、多数意見が商法二四五条一項一号に規定する「営業の譲渡」について採る見解に反対するものである。

多数意見は、次のとおり主張する。曰く「商法二四五条一項一号によつて特別決議を経ることを必要とする営業の譲渡とは、同法二四条以下にいう営業の譲渡と同一意義であつて、営業そのものの全部または重要な一部を譲渡すること、詳言すれば、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な一部を譲渡し、これによつて、譲渡会社がその財産によつて営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法二五条に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうものと解するのが相当である」と。

いうまでもなく、商法二四条以下に規定する「営業」の意義をいかに解するかについては、学説が対立し、これにしたがつて「営業譲渡」の性質についても見解が多岐に分かれている。多数意見は、そのうちで、営業譲渡について、「営業的活動の承継」を必要とする説を採り、かつ商法二四五条一項一号の「営業譲渡」についても、同様に解するのである。しかし、商法総則において論ぜられる営業譲渡について、かかる見解をとること自体に是非の論があるのみならず、商法二四五条一項一号の「営業譲渡」を商法二四条以下の営業譲渡と必ずしも同一に解しなければならないのではない。これは法域によりその目的を異にすることによつて生ずる法律概念の相対性として、当然のことなのである。

二、思うに、経済上より観察すれば、営業譲渡の場合、譲受人が譲渡人の営業的活動を承継することが少なくない。しかし、法律上の問題として、商法二四五条一項一号の「営業譲渡」の意義をいかに解するかについては、別個の考察を必要とする。私はまず右条文の「営業譲渡」には「営業的活動の承継」を要件としないことを明らかにしたい。今もし多数意見に従うときは、次のような不当な結果を生ずるからである。

(一)  まずこの問題を営業の全部の譲渡について論じたい。

(1) 多数意見によれば、譲受人による営業的活動の承継がある場合とない場合とを截然と区別し、その承継のない限り、譲渡会社の代表取締役は何等株主総会の決議を経ることなく、自己の裁量により、「会社の全財産」を譲渡し得るのである。ただこの場合、代表取締役はその譲渡について、会社に対して取締役としての責任を負うことがあるに止まることとなる。同様の理由により、会社の代表取締役は何等株主総会の決議を経ることなく、会社の全財産を譲渡担保となし得ることとなる。要するに、代表取締役はこの点において、きわめて広汎な権限を有するというのである。しかるに、多数意見に従えば、一旦、譲受人が譲渡会社の営業的活動を承継するときは、代表取締役の権限はたちまちその偉力を失い、その譲渡について、株主総会の特別決議を経ることを要することとなるのである。何故に、営業活動の承継がある場合には株主総会の特別決議を必要とするにかかわらず、その承継のない場合にはこれを不必要とするのか。おそらく、何人もその間に存する著しい不均衡を感ずるであろう。さらに、会社の全財産を譲渡するについて、何等株主総会の決議を必要としない場合を認めることは、毎決算期に計算書類の承認(商法二八三Ⅰ)にさえ、定時株主総会の決議を要することと比較しても、理解し得ないところである。畢竟、多数意見は、会社企業の存立の基礎たる全財産の処分を代表取締役の恣意に委ねることすら生ぜしめるものであつて、「企業維持」の点より見て、きわめて危険な考えであるといわざるを得ない。

次に、多数意見は、株主保護の点より見ても、到底是認し得ない。けだし、多数意見によるときは、営業的活動の承継のない限り、会社の全財産の譲渡も株主総会の決議を経ることを要しないから、譲渡会社の株主の全く不知の間に、その処分が行なわれ得ることとなるからである。そして、その結果として、商法二四五条一項一号の営業譲渡に反対する株主の有する株式の買取請求権(商法二四五ノ二)のごときも、著しくその機能を失うこととなるのである。

(2) さらに不当と思われるのは、多数意見がその見解をもつて商法二四五条一項一号の制定の沿革およびその改正の経緯に照して正当であると主張することである。

昭和一三年法律七二号による改正商法の制定以前において、通説上、株式会社はその存続中、「営業の全部の譲渡」契約をなし得ないものとされ、また、営業譲渡とは客観的意義における営業、すなわち営業財産の譲渡であると解されていた。したがつて、通説上、会社はその「存続中」、その全財産を譲渡し得ないものと解されていたのである。換言すれば、株主総会の特別決議を以ても、「営業の全部の譲渡」は認められず、まして取締役によるその譲渡のごときは、予期しなかつたところといえる。その後、昭和一三年の右改正法律は、株主総会の特別決議による「営業の全部の譲渡」を認める(右改正後の二四五条一項一号)と同時に、右「営業の全部の譲渡」を会社の当然の解散事由であるとした(右改正後の四〇四条三号)。しかるに、昭和二五年法律一六七号による商法の改正によつて、右四〇四条三号が削除された結果、会社の存続中における「営業の全部の譲渡」すなわち営業財産全部の譲渡も可能となつたのである。これは一面において存続中における会社の全財産の譲渡を可能とすることによつて企業集中に基づく経済の変遷に順応しつつ、しかも他面においてその譲渡には株主総会の特別決議を要するものとして、会社自体の利益の害されないよう配慮したものである。

さらに右昭和二五年法律一六七号による商法改正は、従来の商法二四五条一項一号が「営業の全部又は一部の譲渡」と規定していたのを、「営業の全部又は重要なる一部の譲渡」と改めるとともに、新たに商法二四五条ノ二の規定を設け、その営業譲渡に反対する株主に対して株式買取請求権を附与するに至つた。これはアメリカ法にならつて、株主の地位を強化し、その保護を増大せしめようとしたのに基づくのであるが、多数意見はこの点の改正の意図、経緯にも背反するものというべきである。

要するに、「営業の全部の譲渡」とは、いわゆる客観的意義における営業、すなわち、会社の営業財産の全部の譲渡を意味し、営業的活動の承継は営業譲渡の要件でないと解すべきである。このことは、営業の一部譲渡についても同様である。

(二)  次に、前記法条の「営業の重要なる一部の譲渡」の場合における「重要」という点について述べたい。この点についても、私は多数意見と見解を異にするからである。

いうまでもなく、営業は単なる個々的財産の集合ではなく、営業の目的のために組織化されて有機的一体をなす財産であり、したがつて、それを構成する個々的財産の価値の総和よりも高い価値を有するものである。営業譲渡とは、かかる有機的一体としての価値を有する財産の譲渡を意味する。このことは、営業の全部の譲渡のときでも、その重要な一部の譲渡のときでも同様である。そして、たとえば、製造業を営む株式会社が数個の工場を有する場合、その会社企業全体の見地よりする価値判断において「重要」と認められる工場を譲渡することは、まさに「営業の重要なる一部」の譲渡である。問題となるのは、その工場における重要な機械を他に譲渡することをいかに解すべきかということである。

思うに、その機械がその重要工場の機能を発揮するため、きわめて重要性を有するものであれば、その機械の譲渡は、決して一個の機械の譲渡と解すべきものでなく、実質上、その譲渡はその工場自体の価値―工場が有機的のものとして有する高度の価値―を破壊することとなろう。すなわち、会社の見地よりすれば、その機械の譲渡によつて蒙る価値の変動は、その機械のすえつけられている工場自体の譲渡によつて蒙る価値の変動と異らないといい得るのである(その機械の売却は、その企業の製品の売却とは全く趣を異にする。)。そしてこのように解することによつて、会社企業は維持され、また株主の利益も保護されるのである。この見地に立つとき、重要工場の重要な機械の譲渡は、代表取締役の専権に委ねられたものでなく、その譲渡には株主総会の特別決議を要すると解することが、むしろ当然であると思われるのである。

しかるに、これに反する見解を採るときは、会社企業より見てきわめて重要な生産のための機械の譲渡をも、単なる個々的財産の譲渡として取り扱い、代表取締役がこれをなし得ることとなろう。そして、このような見解を是認するときは、代表取締役が会社としてきわめて価値ある重要財産をも、形式上、個々的に譲渡するごとく偽装することによつて、擅にこれを処分する弊を増大せしめるであろう。

(三)  さらに次の点について、一言すべき必要を感じる。多数意見は「営業的活動の承継」の有無を基準とすることが、「取引の安全」に資すると主張するからである。しかし、このような主張は、全く理解できないところである。

思うに、株式会社は、その営業上の商取引(たとえば製品たる商品の売買)においては、相手方保護のため、取引の安全が強く要請されるべきことは当然である。しかしながら、会社の営業自体は、本来、譲渡されることを目的とするものではなく、その譲渡は、むしろ、例外的な事例である。したがつて、その譲渡については、商取引におけるがごとき取引の安全を強調すべきでなく、却つて譲渡会社自体の利益の保護を高度に考えなければならないのである。いわば動的安全よりも静的安全を重視すべきものといえよう。この点でも、多数意見でも、多数意見の考え方は誤りを含むものと思われる。

さらに、「営業の一部の譲渡」の場合には、たとえ多数意見に従つても、必ずしも取引の安全に役立つものでないことを指摘したい。けだし、営業の一部の譲渡に当つては、それが「重要」なる一部であるか否かが、会社企業全体の見地よりする価値判断によつて決せられるから、「重要」の有無は個々の具体的場合によつて異ることとなり、あるいは株主総会の特別決議を必要とし、あるいはこれを不必要とするからである。

三、今本件についてみるに、原審の認定したところによれば、被上告組合は上告会社から、その所有する木曾工場の建物、敷地その機械器具を買受けたというのである。しかも、原判決の判示によれば、本件木曾工場の物件が上告会社の重要な営業用財産であることが窺知されるのである。しかるに、原審は右物件の譲渡には「営業的活動の承継が伴わず」、かつ右物件の譲渡は「営業を構成している各個の財産の譲渡」、すなわち、その個々的な譲渡に過ぎないものとして、右譲渡は商法二四五条一項一号の「営業譲渡」に当らないものとした。原審は、このような見解に立つて、その譲渡には株主総会の特別決議を要しないとしたのである。そして多数意見は、営業譲渡に関し原審と同様の見解をとるのである。

しかしながら、かかる見解を採る多数意見の失当なことは、私の既に述べたところによつてきわめて明白であり、私はこれに反対せざるを得ないのである。

裁判官草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同岩田誠は、裁判官松田二郎の右反対意見に同調する。(横田喜三郎 入江俊郎 奥野健一 石坂修一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠)

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